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中国劳工殉难者慰灵碑和慰灵祭 中国人殉難者慰霊碑と慰霊祭 |
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1943年4月到1945年5月38936名中国大陆劳工被日本强虏到日本,在数十家日本企业充当苦役,其中17。5%的中国劳工在路途、劳动中死亡。目前健在的仅有700余名,其中年龄最小的也接近80岁。 自1990年代初中国方面向日本提出赔偿诉讼,均以超过诉讼时限为由而败诉。 为了向日方提出赔偿,中方劳工方面成立了[中国二战被掳劳工联谊会](会长:李良杰),中国律师方面成立了[中国二战劳工法律援助团](团长:邓建国律师)。目前,已有来自中国十多个省的近千名律师加入中国二战劳工法律援助团,另外,还有三百多名日本律师在为中国劳工索赔泵波。 1950年代开始日本社会党在日本全国掀起了移送中国劳工遗骨回中国的活动,并在日本各地建起悼念的纪念碑并进行慰灵祭。 1943年4月から1945年5月の間に38936名の中国大陸の人が日本に強制的に連行され、数十社の日本企業に強制労働させられた。その中、17.5%の中国人労働者が連行の途中及び強制労働中に死亡した。 1950年代以降日本社会党が日本で死亡した中国強制連行労働者の遺骨を中国に送還する活動を行った。日本各地で中国人殉難者慰霊碑が建てられ、慰霊祭が行われてきた。 |
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戦争への反省と日中友好の誓い
慰霊碑のできるまで
日中友好協会(正統)
静岡県本部会長
酒井 郁造
太平洋戦争の末期に、中国本土から強制的に拉致され、不幸にも西伊豆の山中でなくなられた中国人の霊を慰めると共に、戦争への反省と日中友好の誓いを固めるために、現地に記念碑を建てようとする運動は、日中国交回復も間近い一九七二年春、日中友好協会(正統)静岡県本部の提唱で始められました。 当初は県内三ヶ所にある殉難地の現状を調査すると共に、この運動を日中友好国交回復、日中平和友好条約締結促進とあわせて、幅広い県民運動として展開するため、さしあたり七・七記念行動一環として、現地教養を行うことを決め、伊豆地区については、一九七二年七月から一色の法霊寺をおかりして、殉難された方々の霊を慰めると共に、当時の状況、現地慰霊祭の思い出等を話しあい、運動の輪をひろげることにつとめて参りました。その後、年を逐うごとに、七・七記念日の行動は隆盛となって参りました。
この間、各方面から慰霊碑建立の発議が出され、なかでも三島地区労働会議は、その資金にと、十万円を拠出される等世論も高まってまいりました。
このような気運の高まりのなかで、一九七五年静岡県自治体首長、各界友好訪中団は帰国しましたが、今年こそ念願の慰霊碑建立の事業をやりとげようということになり、この訪中団に加わった井手沼津市長、長谷川三島市長、酒井日中友好協会県本会長と、地元松田西伊豆町長が呼びかけ人となって、一九七五年八月二日、沼津市の万来軒において発起人会を開催したのであります。
この発起人会において、募金の目標、建設の時期、実行委員会の構成等の原案を作り、九月二四日第一回の実行委員会を西伊豆町法霊寺において開きました。
この会議には、約五〇名の参加を得て盛大に開催されその席上、代表委員には井手沼津市長ほか十一名を選び、募金目標、予算、建設までのスケジュール等をきめ、建設場所の候補地を視察し、白川の公民館において当時の状況を偲ぶ懇談会を開きました。
第一回実行委員会が終って、直ちに顧問の就任要請を県知事、国会議員、関係市町村長、議長、商工会議所会頭、友好団体に対して行い、別記の通り、山本県知事をはじめ多くの方の就任快諾の返事を頂きました。
その後募金は、実行委員の方々のご努力と関係各位のと協力とにより順調に進めたれ、二回の中間集約を行いましたが、六月三〇日現在で、四三四六、一三八円と目標額の四百万円を突破いたしました。
慰霊碑制作については、代表委員の一人でもある堤達男先生が、制作費は実費のみで奉仕したいと自ら申し出たれ、第二回実行委員会において制作を委嘱しました。碑は高さ二メートル、台座一・六メートルの大きなもので、上半身はだかで、右手にツルハシを持ち、左肩にロープをかつぎ、西伊豆の夕日のかなにをじっとみつめている姿で、上部に掲げた鎮魂の文字は、松田西伊豆町長の揮毫によるものであります。
碑文、背記の制作、取つけは沼津の石たけ商店があたり、背壁並に基礎工事は後籐組、整地と小舎取りこわしには、白川部落の方々のご協力を頂きました。
なお、現在の建設用地については、当初の候補地から二転三転しましたが、西伊豆町当局のご努力と、河津営林署のご配慮により、町が営林所から借地するということが決定をみました。この間、関係者のご協力に対してまして深く御礼を申しあげます。
第一回の実行委員会の際に要望が出ました法霊寺にも何らかの記念碑を作る件についてでありますが、前田住職のご意向を伺い、第二回実行委員会において承認を頂き、山本り利治氏に制作を委嘱し、寺の入口に処置した次第であります。この記念碑については、特別に除幕式等は行いませんので、是非お立寄り頂けますならば幸に存ずるところであります。
今回の慰霊碑建設にあたっては、発議してより完成までに一年近い歳月を要しました。この間、代表委員、実行委員事務局、顧問、相談役をはじめ地元の方々、募金にご協力頂いた多くの方々のヒューマニズムと、日中友好の念願に支えられて本事業が完成したのであります。
関係各位のご協力に対しまして、心から厚く御礼を申し上げます。
今後慰霊碑の管理は、西伊豆町並に地元白川区にお願いすることになるのでありますが、毎年七月には必ず慰霊祭を開きたいと考えております。
最後に実行委員会として、記念誌の発刊が残されておりますが、資料を十分整理した上、予算ともにらみあわせ、立派なものをつくって、後世に残したいと念願しております。以上十分に意を尽くしませぬが、工事経過報告に代える次第であります。
注:建立発起人 沼津市長 井出敏彦
三島市長 長谷川泰三
西伊豆町長 松田惣之助
日中友好協会(正統)県本部会長 酒井郁造
彫刻家 堤達男
静岡県議会議員 稲葉米吉 高木和夫 鈴木三郎 野田政宏 渡辺春太郎 佐野利道 石川佐輔
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慰霊碑の除幕式 中国人殉難者慰霊碑建立実行委員会が、沼津・三島・熱海・伊東・下田の各市や、賀茂・田方郡下の町村に呼びかけ、募金運動も活発にすすみ、一九七六年七月四日午前十一時からゆかりの地西伊豆町白川赤川橋畔で除幕式が行われた。 白川の碑の像は、肩にロープをかつぎ、ツルハシを手にした中国人労働者が、西伊豆の海に沈む夕日を眺めながら、故郷の家族に思いをはせている姿を彫刻家堤達男氏が製作、また毎年供養を行ってきた法霊寺境内にも山本利治氏製作の碑が建立された。
除幕式には、地元をはじめ各地から約三百人が参列した。
西伊豆町総務課長、須田氏の司会により式が始まり、読経、つづいて籐井穂津美氏(西伊豆町役場職員)が碑文を朗読、地元白川の後籐明さん夫人悦子さん、長女礼子ちゃんの手で碑が除幕されるとともに、平和の鳩が飛び立った。
この後、沼津市の漢学者、池谷忠寛氏の慰霊碑によせる漢詩が同市の杉本達也氏によって朗詠され、実行委員会を代表して、沼津市長代理橋本実助役が献花を行い、日中友好協会(正統)県本部会長酒井郁造氏、長谷川三島市長、黒田博司県民生部長(知事代理)、松田西伊豆町長、黒田寿男日中友好協会(正統)中央本部会長、青木薪次参議院議員、徐志軒静岡華僑総会代表、高木和夫県議ら参列者が次次と焼香し、殉難者の冥福を祈った。
本事業を成功させるために実行委員会が作られ、関係者を迎え盛大な除幕式が行われたことを感謝し、実行委員会代表として長谷川三島市長が挨拶を行い、次に本工事と会の経過及び建設用地を配慮していただいた河津営林署、石竹商店、後籐組、白川部落、西伊豆町当局等関係者の協力、今後の慰霊碑の管理記念誌の発刊を含め工事経過報告を日中(正統)県本部酒井郁造会長が行った。
山本県知事、松田西伊豆町長、黒田日中(正統)中央本部会長、駐日中国大使館により慰霊の言葉をいただいた。
次に慰霊碑製作について代表委員のひとりでもある堤達男氏、法霊寺の記念碑の製作者山本利治氏の献身的に努力された功績に対し感謝状の贈呈を行った。
これに対し、堤氏からのお礼の挨拶をいただき除幕式を終了した。
次に記念パーテイーに移り、会の進行を下田の石川佐輔氏の司会で行った。
実行委員会、松田西伊豆町長、堤達男氏が挨拶し、地元町会議長の音頭で乾杯し、青木薪次参議院議員、高木県会議員等各界各層からの祝辞をいただき懇談にうつり、当時の思い出を語りながら日中友好運動が一層高まることを願いつつすべての行事を終了した。
除幕式次第 一、開会の辞
二、読経
三、碑文朗読
四、除幕(放鳩)
五、詩吟
六、献花
七、読経(開眼の経)
八、焼香
一、実行委員会代表挨拶
二、工事経過報告
三、慰霊の言葉
四、感謝状贈呈
五、挨拶
六、閉式の辞 |
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| (日本語入力: 于海峰(ウ カイホウ)・日本大学国際関係学部1年生 2010年7月7日) | ||||||||||||||||||||
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